13:沼津線と蛇松線の分岐点(廃線のレールが残る場所)

鉄道遺構を巡るじてんしゃの旅(16)沼津港線・蛇松線の廃線跡をサイクリング

16回となったシリーズ記事・鉄道遺構を巡るじてんしゃの旅では、静岡県の沼津港線・蛇松線を訪ねた(2022/12/4)

※本記事は2022年12月に取材した内容をもとに、2026年10月時点の情報で構成されています。

沼津港線・蛇松線とは

沼津港線と蛇松線は同じ路線。なぜ2つ名があるのかと言うと、国鉄の正式な路線名が「沼津港線(ぬまづみなとせん)」で、明治時代の開業当初の名称や地域での愛称が「蛇松線(じゃまつせん)」だったから。

蛇松線は、1888年(明治21年)に東海道本線の建設資材を沼津港から陸揚げし運搬するために開設された。当初、路線の正式名称はなく、地名から「蛇松線」と呼ばれていた。

1899年(明治32年)に狩野川右岸に「蛇松駅」が設置され、官設鉄道の駅として正式に開業。

1907年(明治40年)一般貨物の営業線としての正式開業。

1947年(昭和22年)沼津港の内港完成に伴って線路が新ルートへと移転され、駅名が「蛇松駅」から「沼津港駅」へ改称された。これ以降、正式に「国鉄 沼津港線」と呼ばれるようになった。

1974年(昭和49年)トラック輸送の普及や踏切事故の多発により廃止。

沼津港線・蛇松線の廃線跡をサイクリング

伊豆長岡スタート

前日に開催された「西伊豆スカイラインオフ」のあと宿泊していた伊豆長岡からこの日はスタート。狩野川の左岸を北上して沼津駅へ向かった。

狩野川の左岸
狩野川の左岸

沼津駅

沼津駅に着いたのは9時30分過ぎ。ここは、JR東海の旅客駅とJR貨物駅が同居する駅。貨物鉄道だった沼津港線・蛇松線の終着駅でもあった。

01:JR沼津駅
01:JR沼津駅
C58型機関車のモニュメント
C58型機関車のモニュメント

沼津駅についてはwikipediaに下記の記載がある。

駅の開業は1889年である。開業時から国有鉄道の駅だったが、1987年の国鉄分割民営化によりJR東海・JR貨物の2つの事業者が運営する駅となった。かつては、旅客駅・貨物駅に加え、機関車の車両基地であった沼津機関区や、貨車操車場が併設され、駅からは沼津港駅までの貨物支線(沼津港線)も分岐、駅前には路面電車である伊豆箱根鉄道軌道線の沼津駅前停留場がある鉄道の中心地であった。

wikipediaより

沼津駅周辺の鉄道遺構

事前の調べで沼津駅周辺には沼津港線・蛇松線の遺構が残されている事は知っていたので、現地で詳しく見ていった。下図は沼津駅周辺の遺構とその場所を示している。赤いラインは廃線跡。

沼津駅周辺の鉄道遺構
沼津駅周辺の鉄道遺構

錆びたレール

まずは、JR貨物の敷地内にあった古びたレール。こちらは沼津港線・蛇松線の遺構ではなく、単に古いレールが空き地に積み上げられているだけかもしれない。

02:古びたレール
02:古びたレール
赤いラインは廃線跡。画面奥には貨物駅のホームが見える
赤いラインは廃線跡。画面奥には貨物駅のホームが見える

子持川を渡る橋台

線路跡は沼津駅から大きなカーブを描いて子持川を渡っている。そこにはかつて橋がかかっていて、橋台が今でも残っていた。下図左端のレンガブロックのようなものが橋台だ。

03:沼津港線・蛇松線の沼廃線跡。子持川を渡る橋台が残っている
03:沼津港線・蛇松線の沼廃線跡。子持川を渡る橋台が残っている

沼津通運倉庫に残るレール

子持川の先は運送会社の倉庫となっていた。そこには廃線のレールが残っているという。会社の敷地に入ることはできなかったので公道から見てみたのが下図。

04:沼津通運倉庫に残るレール
04:沼津通運倉庫に残るレール

沼津駅方面から弧を描いて伸びてきたレールが見えた。確かにレールが残っていた!

線路は沼津通運倉庫にとって不要なものだが、先代社長と現社長が沼津の歴史を残したい、沼津の歴史に興味を持っている人にもこの線を見て欲しいという願いで残したそうだ。

倉庫内は線路に沿ってホームのような構造物もあった。荷物の積み下ろしの場所として使われているようだった。

沼津通運倉庫
沼津通運倉庫

緑道となった廃線跡

沼津通運倉庫の前の外堀通りを渡ると、廃線跡は緑道として整備されていた。その名は蛇松緑道。「蛇松」は、その昔、海側の起点である狩野川河口近くに蛇のような形をした松の木があったことから名付けられたとか。

05:歩道に転用された廃線跡(蛇松緑道)
05:歩道に転用された廃線跡(蛇松緑道)

かつて踏切があった場所は歩道橋に

少し進んだ先に歩道橋があった。

06:蛇松白銀歩道橋
06:蛇松白銀歩道橋

旧国道1号線と交差するこの場所には、かつて踏切があったが事故が多発していたそうだ。

07:旧国道1号線との交差点
07:旧国道1号線との交差点

沼津港線・蛇松線のほとんどの踏切には遮断器がなく、乗員が旗を振ってクルマを停めていたとか。廃線の2年前に放送された1972年当時の動画には確かに遮断器は映っていない。

旧国道1号線の後は御成橋通りとも交差し、沼津港線・蛇松線の廃線跡をさらに南下していく。

08:歩道に転用された廃線跡(蛇松緑道)
08:歩道に転用された廃線跡(蛇松緑道)
09:御成橋通りと交差する廃線沼津港線跡
09:御成橋通りと交差する廃線沼津港線跡

旧東海道と交差

蛇松緑道は下図の先で静岡県道163号線※と交差した。この県道は江戸時代の旧東海道。2019年に小田原から富士市まで旧東海道を辿るライドの時に付近を走った。

※2024年7月26日に廃止。現在は市道に移管されている

10:歩道に転用された廃線跡(蛇松緑道)
10:歩道に転用された廃線跡(蛇松緑道)
11:歩道に転用された廃線跡(蛇松緑道)
11:歩道に転用された廃線跡(蛇松緑道)
12:廃線跡と富士山
12:廃線跡と富士山

蛇松緑道にはたくさんの猫が生息していた。猫たちはとてもリラックスしていたが、声をかけると迷惑そうな顔をしていた。

分岐点

沼津市千本東町のあたりで廃線跡は2つに分かれた。下図の画面右手に伸びるのが開設当初の蛇松線の廃線跡。そして、画面手前に伸びているのが沼津港線の廃線跡(新ルート)。1947年に分岐した後、蛇松線は「沼津港線」と呼ばれるようになった。

13:沼津線と蛇松線の分岐点(廃線のレールが残る場所)
13:沼津線と蛇松線の分岐点(廃線のレールが残る場所)

分岐前の蛇松線の廃線跡

先に分岐前からあった蛇松線の廃線跡を辿った。こちらも猫たちが出迎えてくれた。

14:廃線跡(開設当初のルート)
14:廃線跡(開設当初のルート)

上図の近くに旧国鉄の境界杭が残っていた。

15:旧国鉄の境界杭が残る
15:旧国鉄の境界杭が残る

蛇松公園

蛇松公園に着いた。ここには車輪と信号機が展示されていた。

16 17:鉄道遺構 車輪 信号機
16 17:鉄道遺構 車輪 信号機

信号機は機械式の腕木式信号機だった。

16:鉄道遺構 車輪
16:鉄道遺構 車輪
17:鉄道遺構 信号機
17:鉄道遺構 信号機

公園の先は堤防となっていて行き止まり。堤防を上がると狩野川が見えた。かつて、蛇松線が開設された当時の沼津港駅はこの辺りにあったようだ。

18:開設当初の沼津港駅付近
18:開設当初の沼津港駅付近

分岐後の沼津港線の廃線跡

分岐点に戻り沼津港線の廃線跡を辿った。ここから先は廃線のレールが残っている場所が多い。

13:沼津線と蛇松線の分岐点(廃線のレールが残る場所)
13:沼津線と蛇松線の分岐点(廃線のレールが残る場所)

1947年から1974年の廃止まで使用されたレールは、まだ使えそうなぐらいしっかりしていた。

19:沼津港線・蛇松線の遺構(レール跡)
19:沼津港線・蛇松線の遺構(レール跡)
20:沼津港線・蛇松線の遺構(レール跡)
20:沼津港線・蛇松線の遺構(レール跡)
21:沼津港線・蛇松線の遺構(レール跡)
21:沼津港線・蛇松線の遺構(レール跡)

県道159号線を斜めに渡り、さらに港大橋通りを渡ると沼津港駅跡となる。

22:沼津港線・蛇松線の廃線跡
22:沼津港線・蛇松線の廃線跡

沼津港駅

沼津港の敷地の手前に不思議な光景があった。廃線跡(レール跡)を延長した先にコンクリートの段差があったのだ。

23:沼津港線・蛇松線の遺構(レール跡)
23:沼津港線・蛇松線の遺構(レール跡)

この先は沼津港駅だったので、コンクリートの段差はホームの跡もしれないと思ったが、近づいてみると沼津港と道路の境界だった。境界壁なのかホームなのか。

もしかしたら隅切りの部分は廃線後に作られたものかもしれなかったが、ずいぶんと古ぼけていた。付近でホーム跡を探したが分からなかった。

隅切りの部分と廃線跡(イメージ)
隅切りの部分と廃線跡(イメージ)
古いコンクリート
古いコンクリート

沼津港の敷地に入ると、中は人で賑わっていた。かつての沼津港駅跡は、飲食ができる魚市場「沼津みなと新鮮館」となっていた。その先に沼津魚市場があった。ここがかつての沼津港駅があったところだ。下図の画面中央に水色のコンクリートの段差はかつてのホームの名残なのだろうか。

24:沼津港駅跡
24:沼津港駅跡

下図は分岐後に米軍によって撮影された沼津港近辺の画像。

撮影年月日 1952/11/11 撮影機関 米軍
撮影年月日 1952/11/11 撮影機関 米軍

出典:国土地理院ウェブサイトを加工して作成

沼津港線・蛇松線の廃線跡をサイクリングして

江戸時代の沼津は、伊豆半島や海上から船で運ばれてきた荷物が陸路である東海道へ積み替えられ、江戸や駿河方面へと送られる海運と陸運が交わる交通の要衝だった。

明治時代に東海道本線が開通すると、沼津駅から沼津港へと物資を運ぶ貨物支線「蛇松線」が敷設され、水運と鉄道(陸運)を接続する近代的な物流拠点へと引き継がれた。

沼津港線・蛇松線は、廃線から50年以上経っているが、まだその痕跡を見ることができる。静岡最古の鉄道路線がこのように残っているのは良いことだと思う。

参考:
歩鉄の達人 廃線探索 沼津港線/蛇松線
soraironote 蛇松緑道で蛇松線(沼津港線)の痕跡を探してみたら、いろいろ発見があり面白かった話
日本旅マガジン 蛇松緑道(国鉄沼津港線廃線跡)
下田街道 蛇松線の廃線跡を訪ねる
FNNプライムオンライン 【鉄道遺産】沼津市の廃線「蛇松線」静岡最古の路線で運んでいた“意外なモノ”を調査
ブラタモリ 静岡・沼津 なぜ港に人が集まる?富士山・深海・鉄道の秘密


投稿日

カテゴリー:

,

投稿者:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です