鉄道遺構を巡るじてんしゃの旅(5)高島貨物線(横浜臨港線・山下埠頭線)

鉄道の遺構をじてんしゃで巡るシリーズ(5)は、東京を離れ、神奈川県横浜市にある高島貨物線(横浜臨港線・山下埠頭線)を訪ねた。


鉄道遺構マップ

高島貨物線は下図の赤色のライン。マップのマーカーと記事画像のキャプションは連動しています。


高島貨物線(横浜臨港線・山下埠頭線)とは

高島線(たかしません)は、東海道本線の貨物支線のうち、神奈川県横浜市鶴見区の鶴見駅から同市神奈川区の東高島駅を経由し同市中区の桜木町駅を結ぶ鉄道路線、およびその支線の通称である(wikipediaより)。

この線から分岐してかつて横浜港一帯に伸びていた貨物線が、通称横浜臨港線と山下埠頭線。それぞれの区間は以下のとおり。

横浜臨港線:高島駅(0.0km) - 東横浜駅(1.8km) – 横浜港駅(4.3km) 1987年に廃止

山下埠頭線:横浜港駅(0.0km) – 山下埠頭駅 (2.0km) 1986年に廃止

wikipediaより

山下埠頭線

山下埠頭線は、旧横浜港駅から旧山下埠頭駅を結ぶ東海道本線の貨物支線。距離はわずか2.0km。

昭和30年代、山下公園の東側に山下埠頭が造成されることから横浜港駅から山下埠頭まで線路を延長する計画が持ちあがった。しかし線路が山下公園内の敷地内を通過することから景観を理由に地元で反対の声が起こったため公園の道路側に高架として建設され、1965年に完成した。

名称については「山下埠頭線」「臨港貨物線」「公共臨港線」などの様々な通称がつけられた。本記事では山下埠頭線としている。


旧横浜港駅

廃線を辿る出発地点は、横浜赤レンガ倉庫にある旧横浜港駅のプラットホームから。ここから山下埠頭線の廃線跡を辿っていく。

ちなみに、このプラットホームは、旧横浜港駅の旅客ホームを復元・保存したもの。位置は当時のままで長さを短縮したうえで、新しい鉄骨屋根を取り付けてあるそうだ。

旧横浜港駅の旅客ホーム

赤レンガ倉庫街を自転車を押して散策しながら、新港橋方面へ向かう。

それにしても、この一帯は随分変わってしまった。私がデザインの学校に通っていた頃、課題作品の写真を撮るためこの地を訪れた時は、ただの汚い倉庫街だったのだが。。。最近は赤レンガパークという名称で整備が進められていて、みなとみらい地区の代表的な観光地になっている。

横浜赤レンガ倉庫

山下臨港線プロムナード

新港橋からは、「山下臨港線プロムナード」を利用する。山下臨港線プロムナードは、新港橋から山下公園まで廃線跡を整備した遊歩道。ここも自転車走行禁止なので歩く。歩いてばかりではないか(笑)

新港橋梁

ちなみに新港橋は、純国産のトラス橋で、施工は浦賀船渠(うらがせんきょ)。このあとご紹介する汽車道の港一号橋梁、港二号橋梁(アメリカ製)、港三号橋梁(イギリス製)より後に建造されています。

レールの跡が残る新港橋梁

山下臨港線プロムナードは自転車走行ができないので、バイクを押して歩く。左手には横浜港やみなとみらい21地区のビル群、赤レンガ倉庫を一望できるスポットなどがある。

山下臨港プロムナードから望むみなとみらい

この後、山下公園を東に進み山下埠頭線の廃線跡を辿ったが、山下埠頭が立入禁止になっていたので終着地点までは確認できなかった。旧横浜港駅へ戻る。





横浜臨港線

横浜臨港線は、横浜港駅から高島駅までの4.3kmを結ぶ貨物線。かつて、横浜港から多く水揚げされる貨物を輸送するために活躍していたが、貨物のトラック輸送への移行などによって貨物線による輸送量が低下し、1987年に廃止された。

横浜臨港線 レール跡

横浜臨港線は、Googleマイマップ(ページ上図)にも記載したが、多くの支線が存在していたようだ。廃線跡は遊歩道として1997年に開通し、以来「汽車道(きしゃみち)」として人々に親しまれている。

横浜臨港線 レール跡

汽車道は、桜木町駅前と新港地区を結んでいる。

横浜臨港線 レール跡

港三号橋梁

横浜臨港線の廃線跡を利用した汽車道は、日本丸側と新港地区を2つの人工島ならびに3本の橋梁で結ぶ構造となっている。また、開通当時に架設されたアメリカ製とイギリス製のトラス橋を改修・保存しており、新港地区からの列車が頻繁に行き来していた頃の、かつての面影を残している。

イギリス製の港三号橋

まずは港三号橋梁。こちらはイギリス製でグレーの塗装です。


港二号橋梁

次は、港二号橋梁。2つの人工島と3本の橋梁で結ぶ構造になっていて真ん中の橋が港二号橋梁。

左の方を見上げると、見慣れない構造物がある。こちらは、2021年4月に開業したYOKOHAMA AIR CABIN(ヨコハマ・エア・キャビン)。泉陽興業という会社が運営する都市索道(都市型ロープウェイ)だ。

アメリカ製の港二号橋梁

港二号橋梁に近づいてきました。蔦が絡まる白いトラス橋は、アメリカンブリッジカンパニー社製。

アメリカ製の港二号橋梁

かつてはこの線路や鉄橋を貨物列車や外洋航路の旅客を乗せた客車が走っていたそうだ。

横浜臨港線跡(汽車道)


港一号橋梁

最後は白いトラス橋の港一号橋梁。

港一号橋梁

こちらもアメリカンブリッジカンパニー社製。

アメリカ製の港一号橋梁

港一号橋梁と港二号橋梁、港三号橋梁は明治時代に建設された鉄道の跡としてその産業的価値が非常に高く、三ケ所ある鉄橋ともすべて近代化産業遺産群33及び横浜市認定歴史的建造物に認定されている。

港一号橋梁 説明板
港一号橋梁

高島貨物線(横浜臨港線・山下埠頭線)跡を、自転車に乗ったり押したりして歩いてみました。両方とも古き良き建築物と現在の都市景観がうまく溶け込んでいて、廃線跡が残る貴重な場所になっている。

桜木町から先の高島方面にも、まだ廃線跡が残っている場所がありそうなので次回訪れたいと思う。

参考サイト
【廃線探訪】山下臨港線
【廃線倶楽部】高島貨物線(横浜臨港線・山下埠頭線)
【新港橋梁】東京湾観光情報局




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