続輪栗毛〈旧中山道 草津宿〜関ヶ原宿〉

弥次さん喜多さんが、江戸から伊勢まで徒歩で旅する道中を描いた、江戸時代の滑稽本『東海道中膝栗毛』。当時、庶民の間でお伊勢参りがブームとなり大勢の人が伊勢を訪れ、この本はたちまちベストセラーとなりました。そして次々と続編が出版され、その中で、京都から江戸までの中山道の旅を描いたのが、『続膝栗毛』です。
本記事は、弥次さん喜多さんが歩いた中山道を、私と相棒の自転車が辿った記録となります。タイトルの『続輪栗毛』は原作をもじったもの。「膝栗毛」とは、自分の膝を馬(栗毛色の馬)の代わりに使う徒歩旅行という意味なんですが、膝の部分を自転車の「車輪=輪」に置き換えて自転車旅行としてみました。第一章は、草津宿から始まります。





ルート

今回走ったのは、草津宿から関ヶ原まで。


いざ中山道。まずは草津追分へ

2018/1/7 08:30
東海道線草津駅前にあるホテルを出立。天候は晴れ、気温は5度くらい。毎年この時期の伊勢参りで寒い思いをしていたので、今回はしっかりと対策済み(後ほど紹介する)。

東海道(右折)と中山道(直進)の分岐点、草津追分。右側に道標がある

草津宿は、東海道五十三次の52番目の宿場で、中山道が合流する追分。現在は滋賀県草津市市街となっており、本陣が現存し、国の史跡に指定されているところ。

追分道標「左中仙道みのぢ」と刻まれている。右側には「右東海道いせみち」と刻まれている

ちょうど、追分のところに停車すると足元に可愛らしいデザインのマンホールがあった。ここにも「仙道みのぢ」とある。

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続膝栗毛の方は、どうなっているかというと・・・。

関西、畿内から木曽街道をめざし、江戸への帰り道の弥次さん喜多さんは、大津宿を経て草津宿にたどり着く。草津宿の宿屋で、気に入った女中と2人きりになろうとする画策する2人。喜多さんは偽の病で伏せり、喜多さんは宿に残ろうとはしごからわざと落ち、本当に腰を痛めてしまう。宿の亭主は医者を呼んだが、ヤブ医者呼ばわりして医者は起こって帰ってしまう・・・。

喜多:祈りがどうも効き過ぎる。お猿の米つきを見るように、前へかがんだり、うしろへ反らしたり、どうするのだ売主めが

医者:なに売主と言うたな。もう祈祷はせぬ。かってにせい

木曽海道六拾九次之内 草津追分




今宿一里塚

08:59
一里(3.93km)ほど走ると、今宿の一里塚に着いた。静かな住宅街を走っていると、大きな木が高くそびえていたのですぐにわかった。

一里塚と言われる場所には、必ず大きな木がある事が多いが、これには訳があるようだ。道行く旅人の目印となるよう、また旅人たちが木陰で小休憩できるようにと、塚の上には、榎や松などの木が植えられたのだそうだ。ちなみに、今宿一里塚は、滋賀県内で唯一現存する一里塚なのだとか。

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うばがもち

姥が餅と書くこのお餅の物語を紹介。その昔、近江(現在の滋賀)の大名が織田信長に滅ぼされ、その大名が三歳になる曾孫を乳母「との」に預けました。しかし、「との」には子供を育てるのに十分なお金がありません。そこで「との」はもちを作って街道で売ることにしたのです。街道を行き交う人々は、そんな「との」を不憫に思い、もちを買ったといいます。幼子を育てるためにもちを売る姿、そして実際にそのもちの味自体も評判を呼び、いつしか「乳母がつくるもち」として「うばがもち」と呼ばれるようになった、ということです。

何となく、おばあちゃんのおっぱいを想像しちゃうのは私だけでしょうか(笑)

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武佐宿

10:30宿場風情のある町並みである武佐宿に到着。

現在の近江八幡市であるこの武佐町には、築200年の旅籠中村屋が残っていたが、2010年に火事で消失してしまったとか。残念である。

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一直線に続く街道は、よく見るとクネクネと曲がっている。昔のまま、ということなのだろうが、こういう発見が、旧街道を走る面白さでもある。


愛知川宿

11:30入り口に大きな門(冠木門=かぶきもん)がある愛知川宿に到着。

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旧中山道には、飛び出し坊とか飛び出し君、またはとび太くんなどと呼ばれている、昭和レトロな看板がたくさんある。シンプルで目立つデザインなので、東京都心にも設置して欲しいものだ。

そろそろお昼時だな、と思っていたら街道沿いに目ぼしいお店が現れた。自転車を降りて、暖簾の向こうを覗いてみると、店内には何組かお客さんがいて、みな麺類をすすっていたので、どうやらうどんか蕎麦のお店らしい。看板には、中華そばと表記されていたが、寒くてお腹が空いていたのでどっちでも良かったので入店する。皆が食べていたものは中華そばだったので自分も同じものを注文した。あっさりとしておいしい中華そばだった。

玉屋の中華そば




高宮宿

12:28高宮宿に到着。

橋には「むちんばし」と表示されている。天保のはじめに彦根藩は、増水時の「川止め」で人が川を渡れなくなるのを解消するため、この地の富豪に費用を一般の人々から募らせて橋をかけることを命じた。当時、川渡しや仮橋が有料であったのに対し、この橋は渡り賃をとらなかったことから「むちんばし」とよばれたようだ。

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鳥居本宿

13:15鳥居本宿に到着。

本陣屋敷は201畳もある広い屋敷だったようだが、明治になって、大名宿舎の部分は売り払われ、住居部分が洋館に建て直されたそうだ。倉庫に転用された本陣の門が現存しているらしい。

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摺針(すりはり)峠

13:36摺針峠に到着。

今回走ったルートとは逆方向になるが、江戸から京に向かった場合、番場宿の山坂を登り、この「摺針峠(すりはりとうげ)」に着くと、一気に視野は180度となり、西方に湖東平野とその先に琵琶湖が雄大な広がりを見せる。峠の傍らには、昔の旅人が一息つき、琵琶湖を眺めていたという「望湖堂」という茶屋があったようだが、残念なことに、その建物は平成三年に火事で焼失した。

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番場宿

13:56番場宿に到着。

番場宿は近江国坂田郡にあった中山道の62番目の宿場で、現在の滋賀県米原市番場。

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醒井宿(さめがいじゅく)

14:21中山道61番目の宿場町、醒井宿に到着。

醒井の地名の由来ともなった「居醒の清水」を源流とした地蔵川の流れに沿って、今も風情ある町なみが続いている。醒井宿には全国でも珍しく、宿場をきりもりした施設「問屋場」が昔のままの姿で残っており、往時のにぎわいを伝えている。

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柏原宿

14:55中山道59番目の宿場町、柏原宿に到着。

東西13町(約1.5km)にもおよぶ中山道の中でも大規模な宿場町で、344軒の家があったと伝えられているが、現在では、常夜灯(じょうやとう)や2階建の軒の低い数軒の家が面影を伝えている。柏原宿は、もぐさの産地として有名で、昔は多くのもぐさを商う店が街道沿いに軒を並べていたそうだ。

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関ケ原宿

15:44中山道六十九次の中でも有数の宿場町だった、関ケ原宿に到着。

ここは江戸時代、北陸方面に向かう北国街道と伊勢方面に向かう伊勢街道の分岐点であり、交通の要衝となっていた。本陣の庭にあったというスダジイの大木が八幡神社の境内にあり、県・町の天然記念物に指定されている。この界隈は関ケ原合戦などの数多くの史跡が残されていて、戦国武将ファンが大勢観光に訪れる場所になっている。

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「続輪栗毛」第一弾は、草津を出発して関ケ原までの走行記録をご紹介しました〈続く〉



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